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     き  な  さ  ・  ぜん こう じ
93. 鬼無里・善光寺

1)「鬼無里の里」と「奥裾花自然園水芭蕉」を訪ね
「善光寺」で**参りをする欲張り旅


2)裾花川源流・ブナの森の妖精、水芭蕉開花
81万の群生 奥裾花自然園 4月29日開園


今池湿原@奥裾花自然園
2010.5.15撮影
白い妖精
水芭蕉@今池湿原
2010.5.15撮影

1) オケイさんのご案内書 より引用
2) 鬼無里観光振興会のポスター より引用

おくすそばな しぜんえん @ きなさ
《奥裾花自然園@鬼無里》
  とがくし
1. 戸隠連峰@鬼無里
2. クロサンショウウオの卵@側溝
    本院岳  西岳   P1 P2  P3
        2053m
3. オオヤマザクラ&戸隠@休憩舎 4. クマ注意の立て看板@休憩舎
5. 雪道 6. こうみ平湿原
7. 水芭蕉@こうみ平湿原 8. 吉池 1280m 5月:クロサンショウウオの卵
                  マユ型で乳白色の卵巣

            6月:モリアオガエル・池畔の枝先に
   卵(池の中)      夏みかん大の白い卵塊
   ↓                 (立て札より)
9. トチノキ(樹齢400年)@吉池 10. ブナ@吉池
11. オオカメノキ?の新芽 12. 今池湿原
13. 戸隠連峰@今池湿原 14. ナラ太郎(ミズナラ)
15. 土筆@休憩舎へ 16. ニリンソウ@休憩舎へ
17. 戸隠連峰&奥裾花自然園入り口BS@休憩舎
 
《善光寺》
1. 仁王門 : 定額山((じょうがくざん) 2. 三門 : 善光寺
3. 善光寺本堂(国宝):3)宝永4年(1707)に再建
    江戸時代中期を代表する仏教建築
    撞木造り(しゅもくづくり):T字型の棟の形から
    屋根は日本一の総桧皮(ひわだ)葺き
4. 三門の額の中に、鳩が5羽いる。
     (どれか分かるかなー?)
5. 厄除け不動尊 6. 善光寺宿坊 : 常円坊(じょうえんぼう)
《松代》
1. 松代駅 2. 松代城跡(海津城) : 城門(復元)
2’.角石、積み石、詰め石
角石   : 角にある石で、この写真では一番右端の石


積み石 : 角以外にある積み重ねてある石


詰め石 : 角石や積み石の間の隙間に
        詰め込んである小石


                 (松代城跡の説明札より)
3. 海津城址の碑 4. 真田邸(新御殿)の庭園
5. 北アルプス@松代城                 ↓白馬岳・大雪渓、この右が白馬岳と思われる。

3) 常円坊の「善光寺 ご参拝のしおり」 より引用

アクセス: 往路: 東京駅6:24発→<長野新幹線・あさま501号>→(大宮駅6:50発)
長野駅8:04着(ロッカー荷預け・ロッカー代500円)  [東京駅〜長野駅 新幹線で1時間40分]
→長野駅BSF番乗り場8:20発(川中島バス案内所前:ここでチケット購入)
<川中島バス・奥裾花自然園行き・1900円>
奥裾花自然園入り口BS10:15着(入園料400円)  [長野駅〜自然園 バスで約2時間強]
1日目移動: 奥裾花自然園入り口BS13:52発<シャトルバス・観光センター行き・200円>
観光センター13:58着(wc)〜乗り継ぎ14:25発→<川中島バス・長野駅行き・1050円>
→途中下車:ふるさと体験館前BS14:55着(wc)
・・・→鬼無里ふるさと資料館(入館料200円)
・・・→いろは堂15:55着(カボチャおやき180円・蕎麦茶無料・アザミおやきサービス)
・・・→観光センターBS16:50発→<川中島バス・長野駅行き1200円>
長野駅17:45着(ロッカー荷受け)
→長野駅BS@番乗り場17:50発<川中島バス・宇木行き・100円>→善光寺大門BS18:00着
・・・→善光寺宿坊・常円坊18:05着(宿泊・11550円) [長野駅〜宿坊 バスで5分、徒歩で20分]
2日目移動: 善光寺宿坊・常円坊5:45(執事のお迎え)
・・・→善光寺(お朝事・**祈願(5000円)・内陣見学+お数珠頂戴)
・・・→土産物屋(漬物・りんごクッキー・蕎麦茶のサービス)
・・・→常円坊(朝食8:20・荷預け)9:50発
・・・→長野県信濃美術館・東山魁夷館(入館料500円)
・・・→常円坊(荷受け)・・・→竹風堂・善光寺大門店(栗あんソフトクリーム300円)
→竹風堂前のBS12:15発<川中島バス・長野駅行き・100円>
長野駅12:25着(ロッカー荷預け・ロッカー代500円)
→長野駅B番乗り場<川中島バス・松代行き・600円>12:45発→(川中島古戦場)
松代駅BS13:20着・・・[徒歩5分]→松代城跡
・・・→竹風堂・松代店(栗おこわ・山家定食・ワイン無し・1417円&栗どら焼き189円)
・・・→真田邸・・・→真田宝物館(入場料300円)
・・・→松代駅BS16:30発<川中島バス・長野駅行き・600円>
長野駅17:00着(ロッカー荷受け)・・・→(土産購入)    [長野駅〜松代駅 バスで35分]
復路: 長野駅17:31発→<長野新幹線・あさま542号>→(大宮駅18:50着)→東京駅19:16着
ルート: 奥裾花自然園入り口・・・→休憩舎・WC・・・→こうみ平湿原・・・→吉池
・・・→弁天島(弁当)・・・→今池湿原・・・→休憩舎・WC・・・→奥裾花自然園入り口
    [今回の散策  3時間40分]
みずばしょうコース:
休憩舎広場→3分→今池湿原→15分→弁天島→15分→吉池→5分→こうみ平湿原→20分→休憩舎広場

ぶな林コース:
休憩舎広場→3分→今池湿原→15分→弁天島→→こうみ平湿原→10分→吉池→40分
→ぶな原生林の中ー休憩舎広場

            (園内案内図にある説明 : ただし、今回は雪道のため、時間が掛かった。)


《みっふぃ〜の旅日記》
 ハイクの会の会長オケイさんから、メールがあった。「奥裾花に水芭蕉の群生を見に行かない?」と。ネットで調べると、ナメタケの瓶詰めで馴染みの鬼無里にあるそうだ。富栄養化した尾瀬よりも、可憐で素晴らしいようだ。81万本の白い妖精。参加者がどんどん増えて、6名の参加となった。序に、善光寺で**参りもしようという事になった。オケイさんが(株)T.に依頼して計画案を立て、宿坊や往復の手配をして下さった。
 新幹線「あさま」に、東京と大宮から乗り込み、大宮で全員が合流。**前年祭のイベントとして、夢が実現した。
「奥裾花自然園の水芭蕉」
 長野駅からバスで奥裾花自然園に向かう。が、長野駅に降り立ち、まず、バス停を探すのに、駅前をうろうろ。F番乗り場が見付からない。I ちゃんがタクシーの運転手さんに聞きに行ってくれた。川中島バス案内所の前に、バス停を見つけて安堵する。切符はこの案内所で購入できると分かり、オケイさんがまとめて、全員のチケットを購入して下さった。往復なら3200円の所、帰りに途中下車したいから、高いチケット代になってしまうが、焼きたて”お焼き”の魅力には抗えない。観光センターまでは川中島交通のバスで行き、後はシャトルバスに乗り換えて自然園入り口まで行ける。バスの中に係員が乗り込んで来て、自然園の入場料を徴収した。そうだよね。バスを降りる前に取っとかないと、受け取り損ねるものね。シャトルバスを降りたら、いよいいよ歩きが始まる。駐車場には、多くのマイカーが止まっているから、水芭蕉のシーズンは混むのだろう。
 大勢の人が行くのに付いて、歩き出す。道の側溝を覗き込んでいる人々がいる。「何があるんですか?」と聞いたら、「クロサンショウウオの卵。」と。側溝の澄んだ水の中に、白い繭のような形の物が、沢山固まっていた。
 休憩舎近くの水溜りにも、この卵はあった。道の入り口に、「熊注意!」の立て看板がある。オケイさんから、「一昨日、日光でハイキング仲間が熊に襲われたのよ。」と聞いたばかりだったので、気が引き締まった。我々人間が熊の生息地に侵入しているのだ。でも、会いたくないよ〜! 集団でがやがやとおしゃべりしていれば、熊の方が避けてくれるかと思いつつ・・・。
 道の脇に雪が除雪されていた。爪先で雪の壁を蹴ってみたら、柔らかい。根雪じゃないらしい。でも、新雪にしちゃ、汚いな〜。一体いつ雪が降ったの? 後で判ったのだけれど、昨日は雪が降ってひどく寒く、歩ける状態では無かったと。今日はすっきり晴れて暖かく、快晴ー!! アリガタヤー!
 雪道を滑らないように、恐る恐る一歩ずつ慎重に歩く。でもー、まさかスノーシューハイクになるとは思っても無かったから、ラッキー♪ あなざーさんは、スニーカーが濡れないかと心配してる。雪だらけだから、「水芭蕉咲いてるのかな〜?」と心配になって、すれ違うハイカーに聞いた。「こうみ平に咲いてますよ。」との返事で、引き返す。水芭蕉の保護の為か、ロープが張ってある。小さな橋があり、その下は細い流れになっている。その雪解け水の脇に、咲き始めの水芭蕉が点々と・・・。周りの雪の下では、沢山の水芭蕉が雪解けを待っているのだろう。
 道は整備されていて、道の脇には番号の道標や地図がある。「吉池まで行って見よう!」と、話がまとまった。吉池の中を覗くと、ここにもクロサンショウウオの白い卵が見えた。「樹齢400年のトチノキ」の立て札。池の向こうの木がトチノキらしい。「直ぐ近くの木はブナ。」とのデコちゃんの説明。トチ餅は大好物だけれど、トチの実は灰汁が強く、灰汁出しが難しいと聞いたことがある。オケイさんとデコちゃんの説明では、ブナの実はそのまま食べられるし、ナッツのように美味しいので熊が大好きだとか。そうなんだよね〜。ここは熊の生息地でしたー。
 沢山歩いたので、あなざーさんが「お腹が空いたわね。」と。 どこかいい場所はないかと地図を見たら、弁天島が見付かった。「弁天島へ行って、弁当休憩にしよう!」 お弁当だと思うと、足取りも軽くなる。弁天島にはベンチが数個あったが、先客が多い。一番端っこに、空いているベンチを見付けた。オニギリにパクついていたら、オケイさんから自家製糠漬けのキュウリと大根の差し入れ。彼女と歩く時は、いつも漬物の差し入れがあるんだよね。なんか、ほわ〜んとした気分にしてくれる。
 弁天島の横から木道が伸びている。デジカメ持って行ってみると、おおー、一面の水芭蕉!!! ポスターの写真はここなんだね。どこだろ、どこだろって、ずーっと歩きながら探してた。やっと、見付かりましたー! こんなにいっぱいの水芭蕉を見るのは初めて。感激だ〜♪ やっと会えたね! お待たせーって感じ。ここが今池湿原なんだ。木道を歩きながら、雪解け水の中に生き物はいないかと探す。居ましたー! 魚がー。澄んだ雪解け水の中に、数匹泳いでる。山女(やまめ)? 岩魚(いわな)? たぶん、山女。写真を撮ったけど、写りが悪かった。残念。
 しゃがみ込んで、一生懸命にカメラを構えている人を見付けた。立ち去ってから見に行くと、小さくて可憐な水芭蕉が1輪咲いていた。「夢見て咲いている水の畔〜♪」
 休憩舎へ戻ろうと、山道をちょっと登る。こっちの道を選んで正解。上り詰めた所から、戸隠が見えた。だけど、電灯が1本立っていて、エコの発電用装置らしきものがある。実験なのかもしれないけれど、無粋じゃー! 戸隠を撮るのに邪魔ー! オケイさんがしゃがみ込んで、地面の上をなにやら探してる。「何探してるの?」「ブナの実。」一つ見つけて、見せてくれた。「干乾びちゃってるけど・・・。」彼女の手の平には、小さな三角柱みたいな茶色いナッツが一つ。みんなに見せて上げようと、一生懸命に探してくれたんだね。ありがとねー。
 道を進むと、「ナラ太郎」の札を付けた大きなミズナラが1本。誰じゃー、この名を付けたのは? 行きは水芭蕉に気が急いて目に入らなかった道端の草に、帰りはゆとりで目が留まる。春を告げる土筆(ツクシ)やニリンソウが咲いていた。
 自然園入り口に戻り、シャトルバスで観光センターへ。長野駅行きバスに乗り換えて、ふるさと体験館前で途中下車。「焼きたてオヤキが食べたいよー!」という食いしん坊ミッフィーのお願いを快諾して下さって、コースに組み入れてくれた。感謝です。4)鬼無里ふるさと資料館で、宮大工の北村喜代松の祭り屋台を見学。一刀彫による透かし彫りの龍や唐獅子、牡丹が見ものだ。
 見学中、オケイさんより電話。携帯はメールばかり使うので間違って切ってしまったら、デコちゃんの携帯にかけてくれた。「お焼き、焼いといてもらう? どうする?」ってことらしい。親切な学芸員さんが丁寧に説明してくださるので、屋台の説明が始まったばかり。屋台と麻の説明を聞いたら、開放してくれた。2階で、北村喜代松の長男である四海の大理石像などを足早に見て周った。下の玄関を覗いたら、オケイさんが来ていたから、玄関へと急いだ。オケイさんは善光寺のご開帳の時に見学しているので、いろは堂のオヤキの手配に行ってくれた。みんなが資料館から中々出て来ないから、ヤキモキさせちゃったね。
 歩いて数分の所にある”炉ばたのおやき いろは堂”へ向かった。おやき1個180円。各自好みのオヤキを注文した。ミッフィーはカボチャ。皮が薄くて、カボチャがいっぱい詰まってて、甘い。温かくって、美味しくて、幸せ〜。サービスの蕎麦茶も〜。更にサービスのオヤキが付いて来ちゃった。もう、満腹。そんなに食べられないよー。 サービスのアザミ・おやきをちょこっと味見。野趣な味で、これも、いいかも〜。
 お隣に土産物屋さんがあるから、ぐるりと覗いて回った。エゴマ味噌を買ってみた。帰宅後、スティック・キュウリに付けて食べたら、ビールのお摘みに合うのなんのって。でも、ちょっと甘め。
 長野までバスで出て、ロッカーの荷物を受け取って、いざ、宿坊へ。善光寺行くには、どのバスかいな? 善光寺行きと、ぐるりん号も来ている。ぐるりん号の運転手さんに聞いたら、女性の運ちゃんは冷たい。ノー、アンサー。乗客の男性が、「@番の善光寺行きがいいよ。」と教えてくれたので、慌てて、@番のバスまで走る。一人がバスを止めれば、みんな乗れるでしょ。全員乗ったら、発車ー。良かった。間に合ったね。「このバスは大門で降りた方がいいよ。」と女性の乗客が声を掛けてくれた。長野駅から善光寺までは真っ直ぐの1本道だから、荷物さえなければ歩けるんだけどね。下車後、周りのお店を眺めながら歩いていると、「栗あんソフトー!」とLim.ちゃんの声。「どこー?」「あそこ!」栗あんソフトクリームの旗が立っていた。「竹風堂、明日、この松代店でお昼食べるのよ。」とオケイさんの説明。道を渡って右手の1番目がお世話になる常円坊。着いたー!
[善光寺・**祈願、宿坊体験]
 宿坊は全員始めての体験。朝食はお粥で、お茶を飲みながら、沢庵で茶碗を綺麗にするとか? そんな風かと想像していたが、違ってた。夕食は精進料理だが、豪華!! 朝食も旅館の食事以上かと・・・。
 宿坊の女性から、後で「”執事”が説明に参ります。」とのこと。「執事ー!!」「水島ヒロみたいかな?」「羊?」と、TVドラマやCMを想像して、盛り上がった。で、執事登場! 年配の男性だった。善光寺参りの取次ぎをして下さる方らしい。**祈願、1件5000円の料金で受付をした。仲間の関係を聞かれ、封筒に住所氏名、氏名にはふり仮名を書かされた。「明日は朝5時45分にお迎えに参ります。」と言って、退出された。善光寺でのご回向では、お坊様が一人一人の名前を詠み上げて、ご祈祷して下さったから、たぶん、前日の資料を元にして、執事さんが祈祷文を書かれたのだろうと、後で想像した。。同宿の埼玉県川口の方々は、仲間の旦那様の7回忌でいらしたとか。7回忌と、続けて**祈願は、ちょっと違和感があったけれど・・・。
 善光寺のお朝事(おあさじ)に向かう途中、執事さんが仁王門の像の説明をして下さった。「左側が(あ)で、足の指も地面に付いていて、始まりを表し、右側は(うん)で、、足の指が反り返り、お終いを表す。」と。そう言えば、(あ)(うん)の呼吸と言う言葉があったよね〜。仁王像の裏側にある像は、「顔が3つある。」と言われたが、早朝で顔は暗くて良く見えなかった。帰りには明るくなっていたので、はっきりと3つ見えた。
 六地蔵が右は行儀悪く足を出し、左の最後は赤子を抱いている。これは、生まれ変わることを意味しているとか。
 「”お数珠頂戴”がありますから、参道の左側で膝を付いて待っていて下さい。」と、執事さんに言われた。お朝事に行く時に、大僧正(天台宗)が並んでいる人の頭をぽんぽんと数珠でたたいて行く。男性だから、結構強くたたいて行かれた。ご利益のある有難い儀式らしい。帰りは右側に膝まずいて待つと、83歳の女性の”尼宮様(あまみやさま)”(浄土宗)が、頭の横をお数珠でふんわりと、触れて行かれた。これも、執事さんがいらっしゃらなければ、出来なかったことだろう。お数珠頂戴があるなんてことも、知らなかったのだから。
 執事さんが仰るには、「尼宮様は、五摂家のお姫様から選ばれ、善光寺さまと結婚されるのです。だから、今の尼宮さまは、25歳で綿帽子を被られて、来られました。そして、一生、善光寺で過ごされます。しかし、大僧正は結婚されているので、役目が終われば、妻子の待つ家に帰るのです。」と。なんか、男女不平等を感じちゃう。??? 何故女性だけーと。そう言えば、シスターもキリストと結婚するから、金の指輪を左手の薬指に嵌(は)めているよね。「次の尼宮様は決まりましたが、五摂家からは該当者がいらっしゃらず、浄土宗のお寺のお嬢様を五摂家の養女にしてお迎えしました。」と。現在の尼宮様は、五摂家の一つ、鷹司(たかつかさ)家からいらっしゃいました。」とのこと。「尼の姫宮様だから、尼宮様と呼ぶのです。」と。朝、洗面所で、同宿の方に、「今日はアマミヤサマに会えるわよ。」と、うれしそうに言われたが、なんのこっちゃと意味不明だったっけ。ご高齢だから、毎日お会いできる訳ではなかったから、ラッキーだったんだと、後で意味が分かった。
 善光寺は宗派が無いから存続が難しいだろうとのことで、天台宗から男性の大僧正と浄土宗から女性の尼宮様のお二人でお守りされていると。だから、お朝事も、大僧正がお経を上げ、続いて、尼宮さまが登場してお経を上げられた。
 善光寺の仏様は全国200箇所位を回ったので、全国に◎◎善光寺という寺が多数あるそうだ。回っている間に、本物は無くなった可能性もあるとか、世間では色々と言われているらしいが、真相はいかに? 昨年、70年に1度の”ご開帳”が有って、本尊と紐で結ばれた”前立て本尊”の柱を触る儀式に、全国から大勢の参拝者が押し寄せて来たらしい。オケイさんはこのご開帳に参加されたが、長蛇の列なので諦めて本堂の方へと進んだら、偶然、柱の横に人が居ず、柱に触れちゃったとのこと。そんな偶然もあるらしい。
 独経は「南無阿弥陀仏」という尼宮様の声に続いて、全山住職の「南無阿弥陀仏」のご唱和?が声音も綺麗で、正に、ライブ会場にいるような気分になった。不遜だとは思いつつ、美しいコーラスを聴いているような〜♪
 執事さんの説明で、「黒い服を着た僧が、仏さまにご膳をお供えする時に、ご本尊が安置されている瑠璃壇(るりだん)の扉が開くから、見ているように。」と。外陣(げじん)の板敷に座り、その瞬間を見ようと、目を凝らした。扉が開いたのを見た。後で仲間と話したら、I ちゃんとLim.ちゃんは3枚の扉の一番左側が開いたとの事。私には、真ん中が開いたように見えたが・・・。御本尊は、一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)さまで、右に観音(かんのん)さま、左に勢至菩薩(せいしぼさつ)さまがいらっしゃる。扉が閉まり、終盤に近付いて、金襴のお戸張がロールカーテンのように下り来て、ご本尊を安置している宮殿(くうでん)が隠された。
 続いて”ご回向(えこう)”が始まり、順番に内陣(ないじん)へと導かれた。私達の順番が来て、前述のように男の僧侶からご祈願が読み上げられ、尼宮さまが間近で「なんまんだぶ」と。そして、僧侶達のご唱和の「なんまんだぶ」が続いた。尼宮さまの、お若くてお美しいこと。穢れ(けがれ)無き方はお若いのだと、改めて感じ入った。そして、帰りに頂いた”お数珠頂戴”で、その思いを新たにした。
 ご祈願後、執事さんの案内で、”お戒壇めぐり”のために、入り口になっている内々陣右奥の階段を下りた。真っ暗になり、執事さんが、仲間と手を結び数珠繋ぎの私の袖を摘んで導いて下さった。腰の高さに壁を手で触りながら進むと、平らな壁の次に丸い柱があり、その繰り返し。道は右へとコの字に進んで行った。そして、”極楽の錠前”を手探りで教えて下さった。次々と手を取って、このカギを握った。これで、私達の仲間は、全員、極楽へ行けるんだ〜♪ 更に進むと、ボンヤリと明るくなり、出口の階段が見えて来た。楽しいアトラクションと考えるのは不埒かな? でも、執事さんや仲間がいず、一人で真っ暗闇を歩くんだったら、ちょっと怖いかな? 事前に、「目が見えることの有り難さを味わって下さい。」との執事さんの説明があったっけ。
 この後、外陣に安置されている”びんずる尊者(撫で仏)”に案内された。「自分の痛い所を触ってから、びんずるさんの同じ場所を撫でると、病気を治して頂けるから。順番を間違えないように!」との執事さんの説明。「逆をやっている人が多い。それでは痛みを貰っちゃう。」と。
 本堂を出て、線香の煙を頂いた。執事さんが善光寺を背に集合写真を撮って下さった。善光寺では写真撮影は出来ないものと諦めていたが、貴重品のバッグにデジカメが入っていて良かった。ラッキー! 「赤い日傘が見えたら、尼宮様のお出まし。」と。昔は尼宮様が襲われるといけないので、侍が2人露払いとして付き添ったそうな。現在でも、昔のように行き来するのを見られる月もあるそうだ。
 朝、来る時に、お土産屋さんの店先に、オケイさんご一行の看板があるのをLim.ちゃんが見付けてた。??? 帰る途中、その土産物屋さんへと執事さんが案内した。まー、ツアーではこういうのがセットになっているよね?と思いつつ、店の中へ。沢山の漬物や、りんごクッキーに蕎麦茶のサービス。お土産買って欲しいんだろうなー? 執事さんが朝から下げていたペーパーバッグから、お守りを取り出した。「一つ、500円。小さなお経が入ったストラップは交通安全で、金の草鞋が付いたストラップは足腰用。」との説明。で、足腰用のを一つ購入した。 
夕食
朝食
[東山魁夷館]
 1時間位と思っていたお朝事が、2時間位掛かってしまった。宿坊に戻り、やっと朝食。お腹が空いた。腹ペコだよー!「トロロ芋は醤油を入れるのかしら?」とか言ってたら、宿の方が、「味が付いていますから、そのままどうぞ!」と。ご飯とトロロ芋と味噌汁だけでも十分。美味しい! すきっ腹には、待ってましたーって感じ? 辛い佃煮や漬物が多く、全部食した友達は、その後、「喉が渇いて、水が飲みたいわ。」と。喉に刺激が強過ぎて咳き込んじゃうから、辛いものは控えめにしといて良かった。でも、蕗味噌は春を食したみたいで、うれしかった。ちょっとした苦味が、大人ーのー?
 荷物を預かって頂いて、軽身で善光寺隣の長野県信濃美術館に併設の”東山魁夷館”へと向かった。沢山の宿坊が並ぶ道を通り抜け、宿坊の庭先の牡丹を眺めたり、善光寺を外側から見ながら、ぶらぶらと歩くのも楽しかった。
 『魁夷にとって、長野県は「私の作品を育ててくれた故郷」と呼ぶ地となり、作品と関係図書が寄贈された。』と、東山魁夷館のパンフレットには書いてある。そう言えば、千葉県も市川市の記念館に、魁夷が作品を寄贈してくれるものと期待していたから、長野に決められて落胆したとの記事を読んだ気がする。でも、魁夷は生前に作品の安住の地を決めて、安心して旅立って行ったのだろうと思う。
 魁夷は好きだから、以前に開かれた”道”をテーマにした展示は見たことがある。今回は、”魁夷がみつめた四季”がテーマ。唐招提寺の壁画については、TVで何回も見た。いつか、唐招提寺で本物を見たいものだ。デッサンのため、奥様との日本全国への写生旅行。奥様の協力あってこそと。正に、内助の功。
 白い馬が登場するのは1984年の1年のみと思っていたが、1972年だった。私の記憶違いだったようだ。魁夷に魅かれたのは、”緑響く”の白い馬の絵だった。今回印象に残ったのは、”春兆”。このポストカードを買って来たので、部屋に飾って眺めている。日本画を描く人にとっては、水に映る木々の姿がお手本になるのかと思いながら、展示の絵を眺めて周った。最後の作品に至るまでのデッサンや下絵が展示されているので、日本画の描き方を垣間見た気がする。知人の日本画家は、「日本画は実際に存在するものを描くのよ。実物を見て、デッサンして。」「空想の世界を描きはしないの。」と。また、別の絵描きさんは、「実際の景色から自分が描きたい部分だけ描いて、他は消してもいいらしいの。」と。
 館に入って直ぐに展示されている魁夷の寵愛した絵道具も、その道の人には、興味深い品々だろう。 
[松代 : 松代城・竹風堂・真田邸庭園・真田宝物館]
 長野駅から川中島バスの松代行きに乗ると、途中で川中島古戦場を通った。松城駅で下車し、しばし、駅を眺めた。昔ながらの駅の佇まいだ。まずは城跡に行こうと決まり、地図を見ると、ぐるっと周らないと線路を渡れないことが判明。線路を渡ると池田万寿夫美術館、その先を見ると城の堀だ。橋から水の中を覗くと、亀、魚が泳いでいた。岸辺から蛇が一匹、くねくねと、しかし、素早く水面を泳いで行った。大きな灰色の鳥が、旋回して去った。。鵜みたいな首? それとも、クロサギかな〜?
 橋をわたり、石垣の門を通って、城内へ。石垣と堀が復元されているが、城はない。石垣の石の説明板があり、角石、積み石、詰め石の区別があると言う。井戸があるはずと見回したが、見付からなかった。階段を登ると見晴らし台があり、目の前には北アルプスの白い峰々。親切にも、山の説明図が設置されている。まさか、お城で雪山を見られるとは思わなんだ。白馬岳の大雪渓を歩いた思い出が、脳裏に甦った。雪山に見とれていて、ヤマンバでない仲間達には申し訳なかったかも。
 さあ、待望の竹風堂の”栗おこわ”を頂きましょう。池田万寿夫美術館の隣に竹風堂松代店はあるから、行きにショーケースを眺めておいた。”栗御強(くりおこわ)山家(やまが)定食、ワイン無しを注文した。箸袋に料理の説明があることに、食べ終わってから気が付いた。「にじ鱒甘露煮は、目の玉のほかすべて召し上がれます。」と。後の祭りじゃー! 目の玉も食べちゃったジャン。
 松代は、真田十万石の城下町だから、真田邸は見なくっちゃね。という訳で、真田邸に行ったが、9月頃までは改修工事中で、建物の見学はできず、庭園のみ無料公開されていた。順路に沿って、真田邸の庭園へ足を踏み入れた。池に築山という古典的な日本庭園。ボケが咲いて、彩を与えている。植栽には、名札が付いている。庭から、真田邸の南面を覗く事が出来た。
 真田邸と道を隔てて、立派な門構えの家がある。先へと歩みを進めると、真田公園に入って来た。あちらこちらに童謡を書いた歌碑が、点在している。長野県出身の作詞・作曲家の方々のものだと、説明されていた。
 帰りの新幹線の時間と照らし合わせて、松城駅16;30発のバスに乗ろうという事になった。で、真田宝物館を見学することになった。昔の武士はどの家も、家が生き延びるために、2派有れば両方に分かれて付き、どちらかでも存続する道を取った。真田家も例外ではなく、豊臣と徳川の二つに分かれた。結局、豊臣は滅び、徳川が天下を取ったので、親子兄弟は敵味方となったが、お家は存続したのだ。あー、こういう時代の人でなくって良かったー。お市やお千、淀君となった茶々、妹のお江、etc. その時代の男ばかりでなく、女の人生の厳しさに思いが及んだ。 
”栗御強(くりおこわ)山家(やまが)定食 ; (箸袋の説明 より)
栗おこわ     :昭和47年(1972)に竹風堂が創業し新発売した名物。ホクホクした栗の味わいは、独特の仕込みに寄るも。
にじ鱒甘露煮  :黒姫山の伏流水で育った活魚に串を打ち焙った後、コトコトと煮ふくめたもの。
むかごの和え物 :千曲川の砂地で栽培された長芋の子「むかご」を茹でてからクルミとゴマで和えた珍味
味噌汁      :出しは鰹節を削ってとるやり方
山野の幸の煮物:
[楽しい旅にも終わりが近付いて〜]
 長野駅でお土産を購入し、新幹線に乗り込んだ。1年前から計画が持ち上がり、1年間、楽しい時を過ごせた。夢はとうとう現実のものとなり、今や終わろうとしている。目をつぶると、一面の水芭蕉が浮かぶ。まるで夢のようだ。次のイベントを計画し、またの再会を! 友ありて、人生は楽し〜♪

4) 長野市立博物館分館 鬼無里ふるさと資料館 〜麻と屋台と和算を展示〜 パンフレットより

《みっふい〜の豆知識》
鬼無里(きなさ)  『源氏の棟梁・源経基の側室として寵愛を受けた美女の紅葉(幼名・呉葉)。御台所に呪いを祈祷しているとの噂で、信州戸隠に流された。再び上京しようと戸隠の荒倉山の岩屋に移り住み、盗賊の首領に担ぎ上げられ、鬼女と恐れられるようになった。その噂を聞いた帝が信濃守平維茂(これもち)に鬼女討伐を命じ、紅葉は降魔の剣に討たれる。鬼の居ない里となったとか。』という伝説。(パンフレット:「長野市・ながの 結び道 たどり道」より)
牛に引かれて
    善光寺参り
 『欲張りで信心が薄いおばあさんが川で布をさらしていると、一頭の牛が角で布を引っ掛けて走って行った。布を取り戻したい一心で、牛の後を追って行くと、長野の善光寺に辿り着いた。善光寺本道で夜明かしすると、夢枕に如来様が立ち、不信心をお諭しになった。信心深くなったおばあさんは、たびたび善光寺に参詣するようになり、極楽往生を遂げた。』という伝説。(パンフレット:「長野市・ながの 結び道 たどり道」より)
お朝事(おあさじ)  朝、本道で行われる全山住職の独経。+ご回向(先祖供養・祈願を内々陣にて)
(常円坊の「善光寺 ご参拝のしおり より引用)
五摂家(ごせっけ)  近衛家・鷹司家・九条家・一条家・二条家の5家の者のみが、摂政・関白に任ぜられ、摂家たる5家が
摂政・関白職を独占した。(Wikipedia 摂家 より引用)
五色の布  五色の布が飾られている時は、行事がある時。
白:大根、赤:人参、黄:南瓜、緑:キュウリ、紫:茄子 (常円坊執事さんの説明より)  
真田邸(さなだてい)  9代藩主の母・お貞の方(貞松院)の居宅として元治元年(1864)に建てられた。
(長野市のHPより
http://www.city.nagano.nagano.jp/pcp_portal/
PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=5128

《みっふぃ〜のひとり言》
 人生の財産は、友達。まさか、卒業の時には、?十年後にこんな旅行が出来るなんて、思っても居なかった。しかし、実現した。みんな元気に長生きして、?参りにも善光寺に来ようね〜♪ 2010.6.10記


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